エズミンのここだけの話

奥泉和也クラゲ水族館の経歴と学歴・大学や年収は?嫁や子供など家族構成は?

水の中をフワフワと漂う美しいクラゲに魅了され、世界中の水族館でクラゲブームが起きています。

山形県にある鶴岡市加茂水族館は、増やすことが難しいクラゲの飼育展示で2012年にギネスで世界一と認められ、現在は60種類ものクラゲ展示を行い、クラゲ水族館と呼ばれています。

奥泉和也さんは加茂水族館で現在館長を務めており、クラゲ飼育を牽引する人物として世界中からくる飼育員の研修も行っているのですが、始めからクラゲ飼育の専門家だったわけではありませんでした。

そんな奥泉和也さんの経歴やプロフィール、結婚されているかどうか、奥泉和也さんがクラゲ飼育を始めたきっかけとなった加茂水族館の廃館の危機、ギネス認定に至るまでの道のり、加茂水族館が世界一のクラゲ水族館になるまでをまとめました。



Sponsored Link


奥泉和也の経歴・学歴や年収は?

現在の加茂水族館館長、奥泉和也さんは1964年山形県鶴岡市生まれの現在55歳です。

学歴は1983年に地元の農業高校を卒業し、小さい頃から好きだった海の近くで仕事がしたいと、加茂水族館に就職し、アシカの飼育員を務めます。

 

https://www.instagram.com/p/BxKm-xjBK_x/

 

1997年にサンゴの展示水槽で偶然生まれたサカサクラゲを飼育、展示すると好評で、クラゲの専任に任命されました。

まだわからないことの多いクラゲについて研究を重ね、加茂式クラゲ水槽を開発し、クラゲを増やす飼育方法を確立させました。

その後、加茂水族館館長に就任し、現在は、クラゲ飼育の第一人者として、世界中の飼育員の方へ積極的に研修を行うなど、クラゲ飼育のノウハウを世界中に広めており、時間を見つけてはクラゲの採集を行い、バックヤードでの試行錯誤を続けています。

一般的に270万円〜400万円が飼育員の年収だと言われています。

ですが奥泉和也さんは水族館館長なのでそれ以上年収があると思いますが、クラゲの研究費に消えていっているかと思われます。



Sponsored Link


嫁や子供など家族構成は?

奥泉和也さんのfacebookを見たところ、既婚となっているためご結婚されています。

しかしクラゲについての投稿はあるものの、ご家族については記載されていないため、詳細は不明でした。

加茂水族館が廃館の危機に

加茂水族館の歴史は古く1930年までさかのぼります。

山形県加茂町(当時)の有志が民間の水族館として設立したところから始まりました。

1955年に加茂町と鶴岡市が合併し、鶴岡市立加茂水族館となり、1964年に現在の場所へ移転、1967年には民間会社に売却されますが、20万人を超える入館者が集まる人気スポットになります。

しかし、売却から4年後の1971年に民間会社の経営不振から水族館は一時閉館してしまいました。

そんな状況下でも、残された職員の方々が根気強く魚や動物の世話を続け、地元の人たちからの助けもあり、1972年には新たなオーナーが決まり、再出発を果たします。

入館者数を増やすため、当時人気のあったアシカのショーやラッコなどを導入しますが、周辺に大型水族館ができたこともあり、それでも入館者数は低迷を続け、1997年にはサンゴの企画展を行いましたが結果は散々で、1997年の入館者数は9万2000人にまで落ち込んでしまい、廃館の危機に陥っていました。

奥泉和也クラゲ水族館~ギネス認定までの道のり

廃館の危機に陥っていた1997年、苦肉の策として行った「生きたサンゴと珊瑚礁の魚展」

サンゴの企画展自体は散々で、過去最低の入館者数を記録してしまいました。

しかし、そのサンゴの水槽で偶然生まれたサカサクラゲを現館長の奥泉和也さんが見つけ、エサを与え、500円玉くらいの大きさまで飼育し、展示したところ好評だったのをきっかけに、奥泉和也さんがクラゲの専任に任命されたところから、クラゲ水族館への道のりは始まりました。

しかし、その道のりも簡単なものではありませんでした。

そもそもクラゲについてはまだ解明されていないものが多く、サンゴの水槽で見つけたサカサクラゲが、たまたまクラゲの中でも飼育しやすい種類だったのです。

クラゲは寿命が短く、増やせないと展示が続かないにも関わらず、その飼育と増やす方法がわからなかったのです。そのため自分たちで工夫を重ね、自分たちで答えを導き出し、道を切り開くしかありませんでした。

奥泉和也さんは日々、試行錯誤を重ねて加茂式クラゲ水槽を開発し、クラゲの飼育と増やす方法を確立させることに成功します。

そして、1998年には加茂水族館の職員全員が「世界一のクラゲ水族館を造る」という夢に向かって進み始めたのです。

2000年には、加茂水族館がクラゲの展示数で日本一となり、2005年には20種類ものクラゲを展示しアメリカのモントレーベイ水族館を抜き、世界一のクラゲ水族館になりました。

そして、2008年には日本動物園水族館協会から最高賞である古賀賞受賞し、2012年にはクラゲの展示数30種類を記録し、ギネスに世界一だと認められるまでになったのでした。

 

クラゲが加茂水族館を救った!

サンゴの水槽で偶然生まれたサカサクラゲをきっかけに、ギネスに世界一だと認められるほどのクラゲ数を誇る水族館にまで成長した、加茂水族館。

クラゲの種類が増えるのと同じように、入館者数も右肩上がりで増えていきました。

また、生のクラゲを食べるイベントを開催したり、クラゲアイスやクラゲラーメンなどクラゲの関連商品も開発したりと、それまで脇役になることの多かったクラゲを主役にしたことで黒字経営を実現しました。

一時は、廃館の危機にまで追い詰められていた加茂水族館をクラゲが救ったのです。

現在も、クラゲの飼育とクラゲを増やす力を入れ、常時60種類以上のクラゲを展示し、クラゲの水槽の前でのコンサートや宿泊できるイベント、小学生以上を対象としたクラゲ学習会や、幼稚園や保育園、学校、公民館、病院などにクラゲの飼育水槽を貸し出すなど、クラゲの魅力を伝え続けています。

まとめ

現在は、世界一のクラゲ水族館としてギネス認定もされている加茂水族館。

そんな加茂水族館にも、廃館の危機に陥るほど苦しんだ時期がありました。

奥泉和也さんが偶然見つけたサカサクラゲをきっかけに、奥泉和也さんを中心に世界一のクラゲ水族館になるべく試行錯誤を重ね、自分たちでクラゲ飼育の道を切り開き、世界に認められる水族館になったのですね。

クラゲ初心者だった奥泉和也さんだったからこそ見つけられた方法で、新しい道を切り開き、得た知識を惜しみなく伝えることは、誰にでもできることではないと思います。

奥泉和也さん自身が、誰よりもクラゲに魅了させられているからこそできるのかも知れないですね。

Sponsored Link
error: